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第二話 生意気な年下後輩・瀬名伊織

Penulis: すずかん
last update Tanggal publikasi: 2026-10-12 23:50:39

「先輩、今日なんかしょぼくれてますねえ」

 午後一時。

 職場に戻った私を出迎えたのは、これまた性格に少々難のある美青年だった。

「……別にしょぼくれてないもん」

「いや、めっちゃ顔に出てますよ。なに、男?」

「なんでそうなるの!」

「だって先輩、男のことでしか悩まなそうじゃん」

 ……失礼な。

 私だって仕事のこととか、将来のこととか、いろいろ考えているのだけれど。

 もっとも、今は完全に男のことで悩んでいるので、言い返せないのが悔しい。

「伊織くんって、ほんと失礼だよね」

「今さら? てか、誰に振られたんですか?」

「振られてないし!」

「じゃあ、好きな男に冷たくされた?」

「…………」

「図星じゃん。わかりやすっ」

 けらけらと笑うのは、三歳年下の後輩、瀬名伊織。

 二十五歳。

 整った顔立ちに、少し長めの黒髪。涼しげな切れ長の目。

 仕事ができて、頭の回転も速く、おまけに女性社員からの人気も高い。

 いわゆる、モテる男というやつだ。

 そして本人も、それを十分すぎるほど自覚している。

「先輩ってさ、ほんと男見る目ないですよね」

「……余計なお世話です」

「俺みたいないい男が近くにいるのに」

「自分で言っちゃうんだ?」

「事実なんで」

 ……すごい。

 ここまで堂々と言われると、いっそ清々しい。

 その自信、一割くらい分けてほしいものである。

「はいはい。伊織くんはかっこいいねえ」

「なに、その雑な褒め方」

「だって自分で言うんだもん」

「もっと心込めて言ってくださいよ」

「かっこいい! 世界一!」

「うわ、適当」

 そう言いながらも、伊織くんは満更でもなさそうに笑った。

 ……本当に、この子は。

 見た目だけなら、文句のつけようがない美青年なのに。

 中身は図々しいというか、遠慮がないというか。

 とにかく、距離感がおかしい。

「てか先輩、昨日言ってた映画見ました?」

「あっ、ごめん! まだ見てない!」

「はあ? あんなにおすすめしたのに?」

「だって昨日忙しかったんだもん!」

「俺、感想聞くの楽しみにしてたんですけど」

「ええっ、そんなに?」

「当たり前じゃないですか。俺の好きなもの、先輩にも知ってほしいし」

 ……こういうところだ。

 いつもは意地悪で、生意気で、私のことなんてからかってばかりなのに。

 たまに、妙に素直なことを言う。

「じゃあ、今日帰ったら見るね!」

「絶対ですよ?」

「うん! 約束!」

「あと、今度一緒に映画行きましょ」

「えっ?」

「なに、その顔。嫌なんですか?」

「嫌じゃないけど……」

「じゃあ決まりっすね」

 ……早い。

 この男、決断が早すぎる。

 私の返事なんて、ほとんど聞いていないじゃないか。

「伊織くんって、ほんと強引だよね」

「先輩が優柔不断なんですよ」

「そんなことないもん!」

「じゃあ今、俺と映画行きたいか決めてください」

「えっ、今?」

「はい。三、二、一」

「い、行きたい!」

「ほらね」

 満足そうに笑う伊織くん。

 ……あれ。

 もしかして私、うまく丸め込まれた?

「先輩って、ほんとちょろいですよね」

「ちょろくないですー!」

「いや、ちょろいっすよ。男に優しくされたらすぐ好きになるタイプでしょ」

「そんなことないよ! 私、ちゃんと好きな人には一途だもん!」

「へえ」

 伊織くんが、ふっと目を細めた。

「じゃあ、俺のこと好きになったら一途に尽くしてくれるんだ?」

「……え?」

「毎日連絡して、会いたいって言って、俺のこといっぱい甘やかしてくれる?」

 からかうような口調。

 なのに、妙に真っ直ぐこちらを見つめてくるものだから、思わずどきりとしてしまった。

「……伊織くん、そういうこと誰にでも言ってるでしょ」

「さあ、どうでしょうね」

「もう! ほんと意地悪!」

「ははっ。先輩、反応おもしろすぎ」

 ……もう。

 本当に、こういうところがずるい。

 私はもともと、少し意地悪で、男らしくて、自信のある男性に弱い。

 そして伊織くんは、困ったことにその条件をほとんど満たしていた。

 もっとも。

 本人にそんなことを言ったら、一生からかわれるに違いない。

「ほら、これ」

「……ん?」

 伊織くんが、私のデスクに缶のミルクティーを置いた。

「甘いの好きでしょ、先輩」

「えっ! いいの?」

「俺、甘いの飲まないんで」

「わあ、ありがとう! 伊織くん優しい!」

「大げさすぎ」

「だって嬉しいもん!」

 私がにこにこしながら缶を手に取ると、伊織くんは少しだけ得意げに笑った。

「ま、俺っていい男なんで」

「はいはい。世界一かっこいいねえ」

「だから雑だって」

 そんなやり取りが、私は結構好きだった。

 気を遣わずに話せて、くだらないことで笑い合えて。

 伊織くんといると、不思議と嫌なことを忘れられる。

 ……うん。

 やっぱり、ちょっと好きかもしれない。

 なんて。

 そんな呑気なことを考えていたのが、午後一時。

 それから、わずか数時間後。

 私はこの生意気な後輩のせいで、会社を辞める寸前まで追い込まれることになる。

 しかも、当の本人は。

「え、なんで俺が悪いことになってるんですか?」

 ……なんて。

 まるで他人事のような顔で、そう言ってのけたのだった。

 ああ、もう。

 私って、本当に男を見る目がないのかもしれない。

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